はじめての方へ

有史以来、人間は誰しもが幸福を追い求め、自由と平等の理想世界の実現を目指して歩んできた。また、悪を退け、善の世界に生きることを願ってきたのである。自分の子に悪いことを教える父母がいるであろうか。その子弟を不義に導く教師がいるであろうか。誰もが悪を憎み、善を立てようとするのは、万人共通の本心の発露である。

しかしながら、人間の本心を満足させ得る理想世界が到来したことは、人類史上、一度もなかった。それでも、なおその理想を求め、種々雑多な人生観、世界観が生まれた。

人間はどこから来たのか、生の目的とは何か、死後はいったいどうなるのか。来世や神などというものは存在するのか。また、善とか悪とかいうものはいったい何なのか等々、多くの哲学や宗教が生まれ、さまざま論じてきた。
さらには、物質世界の根本は何であるのか、全ての現象はどのような法則によって生じるかといった問題も、科学の分野において探究されてきた。

これまでの哲学や宗教がもたらした主義思想が、人類に多大な貢献をなしてきたことは事実であろう。しかし、その反面、それらは我々にあまりにも多くの精神的な重荷を負わせてきたことも、否定することのできない事実である。
それらの主義思想は、現実において、人類が解決しなければならない懐疑と数多くの課題を、むしろ新たに提起しているのである。

例えば、世界を二分し、核戦争の危機によって人々を震撼させた「冷戦」も、もともとは哲学や宗教の主義思想がもたらした対立構造が、その原因になっている。
アメリカは「有神論」の立場に立ち、神の名による大義名分をもって共産主義の脅威から自由圏を守ろうと戦い、一方、ソ連は「無神論」の立場に立つ唯物弁証法を訴え、世界の共産化を目指し、労働者の解放を謳って武力をもって戦った。

この共産主義は、マルクス・レーニン主義による暴力革命を肯定しており、その革命のために多くの人命が奪われた。革命後も、反動分子と見られた人々が粛清され、多数殺害された。『共産主義黒書』(ステファヌ・クルトワ編、1997年刊)によると、共産主義による犠牲者は約1億人にのぼる。中国6500万人、ソ連2000万人、北朝鮮200万人、カンボジア200万人、ベトナム100万人、東欧諸国100万人、ラテン・アメリカ15万人、アフリカ170万人、アフガニスタン150万人という、驚くべき数が上げられている。これはヒトラーによる犠牲者2500万人をはるかに超える。

すでに6500万人もの犠牲者を出した中国共産党の軍事的脅威が、再び、日本をはじめアジアの周辺諸国や、さらには島嶼国家へと向けられている。
では、この「無神論」と「有神論」という対立する思想のうち、どちらが正しいのであろうか。我々は、多大な犠牲をもたらし、今後ももたらし続けていくだろう無神論に基づいた「共産主義」によって、理想世界が到来するとは到底思えない。
かといって、犯罪や不平等が蔓延し、愛の冷えた自由圏における「個人主義」や「資本主義」の延長線上に、理想世界が来るとの希望も持てない。

このような、「無神論」か「有神論」かの問題だけではない。その他に、数多くの主義思想の対立構造が、現存している。「進化論」か「創造論」か。「唯一神」か「汎神論(多神教)」か。「超越神」か「内在神」か。宗教の救済観においても、「自力」か「他力」か。また、歴史観においても「一回性」か「永劫回帰」か、等々。
また、ユダヤ・キリスト教とイスラームがもたらした「中東問題」も、今なお紛争が繰り広げられており、さらに深刻化している。各宗教の宗派間においてさえも、対立がある。

文鮮明師が解明された「統一理論」は、これらの対立する主義思想を和解させ、その和解によって無益な紛争を終わらせる力をもつ。その点を、このブログで紹介していく予定である。『統一思想要綱(頭翼思想)』には、次のように記されている。

「統一思想は文先生の思想であり、統一運動の理念であるが、神主義または頭翼思想とも呼ばれている。神主義とは、神の真理と愛を核心とする思想という意味であり、頭翼思想とは、右翼でもなく左翼でもなく、より高い次元において両者を包含する思想という意味である。神の愛を中心とした新しい価値観による愛の精神をもって、左の思想である共産主義からは、憎悪心、闘争心や物質主義を取り除き、右の思想である民主主義からは、利己主義、自己中心主義を取り除いて、対立する両者を和解せしめ、共同して、神と人類の宿願である理想世界の実現に向かって進むように導いてゆくための思想が、神主義であり、頭翼思想であり、統一思想である」(2ページ)

なお、このブログでは、統一思想、神主義、頭翼思想などを総称して、「統一理論」と呼んでいる。
ところで、我々にとって、韓半島の南北問題における「北朝鮮」の脅威、そして上述してきた「中国共産主義」の覇権主義と軍事的脅威から日本を守ることが急務となっている。
そこで、当ブログ「哲学・思想に対する統一理論の見解」では、まず、中国共産党の理論的支柱となる毛沢東の「矛盾論」「実践論」の批判と克服を行っていくものである。
それに続いて、その他の主義思想の対立構造がもたらしている種々雑多な諸問題について、適宜に取り扱っていく予定である。